SURRENDER

~幻想から本当の自分に持ちかえて形にする~

GOOD WILL HUNTING 思い込みの向こう側

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久しぶりにブログ書きます。
PCは薄っすらホコリかぶってました。アハハ…

 

この間に、心境の変化、自分自身の変容とあったんですが、まずそれは置いといて、
何を書いたらいいのかということに極度に気をとられていた制限が外れたので、これが書けるようになったという、簡単に言えばそういうことがありました。


必要とされていることを書かなければならない、有益なことを書かないといけない、それは間違いであってはいけない、自己満足であってはいけない…

 

書かなくても誰も困りなんかしないんですけどね^^

それでも私の葛藤は続きます笑

 

けれど、自分が何を誰にどう伝えたいのかということは曖昧でした。
むしろ曖昧であってはいけないと、自分の筆をさらに重くしてました。

手帳に中途半端に終わる文章…
それがだんだんと短くなってページだけめくっていく始末…
将来に焦りながら自分を責める気持ちから手帳も手に取らなくなってく…


それがここ1ヶ月近く、悩んだり緊張を緩めたりをくりかえしながら、ブログやさまざまなことから離れて、そもそもの自分がやりたかったことを明確にするために耳を澄ましてすごしていました。
たまにはこういうことも良いですよね?

 

そうしたら、自分が勘違いしていたこと、勘違いさせられていたこと、ボロボロ外れていきました。


そして、しなくちゃいけないことじゃなくて、したいことが原石で見えてきました。


そうすると、これまでは、そのままの自分の望みを認めること、もしかして見つめることすら自分に許したことはなかったんじゃないかというほどに感じました。

自分の好きなことを、初めて知ったかのような感覚がしたからです。

 
この思い込みは人によってさまざまだと思いますが、

私の場合、それを見つめることは、

奪われたり傷つけられたりする脅威を感じることだと思ってました。
自分の得意を肩書きとして持つことは、自由ではなく拘束されて監視される人生になることだとも思っていました。

成功することに対する恐れもありました。

成功するということは、今までの生活が変わるということ=あるべきだった平和で穏やかな幸せには二度と戻れないということだとも。

(これは掘って掘って究極に思い込んでいたところの声で、普段からこう感じているわけではありません。)

 

自分のことを知られたくない、自分のことなんて聞きたい人なんていない、話したくないとも思っていました。これではブログが書けるはずありませんよね。

 

 

もちろん思い込みだとは分かっていました。でも、それを外すことができないまま、その思い込みに反発するような生き方、または思い込みの通り土壺にはまったそのままでしか生きられなかったんです。


自分の性質や特徴、本質の自分らしさや価値の全てを、直さなければならない厄介事と感じていて、排除したかったんですね。

 

でもそんなことしたら、自分らしさどころか価値ある部分を失ってしまうことになる。

 

何をやってみても、やっぱりイヤ!って感じちゃうなら、なぜ嫌っちゃうかの理由を見るしかないですよね。自分のことではなくて本当はこれがイヤなんですから。

 

でもイヤですから見れないです、進まないし、いつまでも自分を認められないです。
前回のブログから更新が止まってしまっていたのは、ここを行ったり来たりしていたからでした。

 

そこで思い込みを外していきます。それができなきゃ自分を好きになれないです。

(実際にどういう変化があったかは後日に。)

イヤで見つめることもできないし、好きなことを自由に発揮して生きることを認めることもできないです。

思い込みを抱えたまま頑張っていても、良い結果を手にすることができなかったり、望んでるものとは違うものが来てしまったり、私みたいに形にすることができません。

だってイヤなんだもん!が影響してしまうんですね。

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そうして思い込みがだんだん外れてきたら、自分がしたいことの原石が見やすくなってきます。

だんだんなんですけど、それでも自分で感じられるくらいの明らかな変化を積んでいく感じでした。

 

それは当然、自分にとっては前から当たり前に好きなことだったり関心があったり得意なことだったりします。だからむしろ気づけないってこともあるくらいに当たり前なんですね。自分のことを好きになれないとなると、これに価値があるだなんて思えず見過ごしちゃいます。

 

私の場合、これは、ものすごい納得具合で、

バチ~ン!と、これだ!とハートに入ってきました。

 

立派とか個性的とかそんなんじゃないんです。ただ矛盾がなくて、すべての癖とか習慣とかが線で繋がる自分の原石が、コロンと目の前に転がってきた感じでした。

あ、私はこれが好きなのね。と。

実は、純粋にこれだけに生きてきたんだなと納得しました。


振り返ると、思い込みの巨大迷路の中からそれを発揮するのは、かなりムリがありました。

ふつうにムリですw

 

 

その思い込みが外れてできるようになったこと。
このブログの場合は、「何も考えずにそのまま書こう」でした。

 

有益じゃなくちゃいけなくて、曖昧ではいけなくて、自分を知られたくなくて話したくなかったのに、

何も考えずに書こう。になっていました。

そしてこの体験を書くことは私にとってSurrenderです。

 

 

昨日、久しぶりに映画「グッド・ウィル・ハンティング」を観ました。

主人公のウィルは、正直に自分の内を見せることを避けて、生意気で周りに噛み付いたり、逃げ回ったり怯えたり、傷つくのを避けて人を遠ざけたり見下したりしています。

後に自分の才能や本心に心開いて、自分の選択に生きはじめますが、なぜ心を閉ざすしかできないかという『思い込み』に触れて、それを崩せたから、彼は心を開けて自分の選択ができたのだと思います。

ウィルは、小さい頃の経験から心を閉ざしていましたが、心開けないことに悩んですらいませんでした。

でもその奥では、自分を責めていたり嫌っていた。それが『思い込み』です。

数学の天才でしたが、それに価値を認められません。けれど教授との信頼関係から、自分を責めて嫌っていた思い込みを解放することができます。
マット・デイモンの ”I'm sorry” のセリフに全てが含まれていて泣けますTT

そして友人に背中を押されて、自分の本当に望んでいることに踏み出す勇気を出し、車を走らせる…というラストです🚗

これを観てから、私はマット・デイモンベン・アフレックに憧れてます。彼らは学生時代の脚本から自作自演でオスカー受賞してるんですよ♡

 

これを見ていて、ちょっと自分に似ているなと感じました。

自分のこと話したくないし、本当に何がしたいのか宣言できないし、勇気出して踏み出せていないし、自分のことイヤだし…

でも今は、自分の中でも思い込みが崩れてきていたし、本当にしたいことが湧いてきている段階で、思い込みが外れた向こう側というものに共感して観れた気がしました。

 

これまでグッド・ウィル・ハンティングを観てきて初めての、リアルな共感。

ちょっと怖いけど、踏み出せそうという感覚。

 


時間かかるかもしれないけれど、この思い込みを外すための挑戦には、誰でも胸を張っても良いと思います。

もちろん、自分の好きなことを発揮させる道を模索しながら成功していないと、周りからは非難されたりするかもしれません。私も実際にそうでした。

でも、この思い込みを外さないと自分の原石も見つけられないし認められないし、何も始めることすらできなかったから、この挑戦には早いも遅いもないことだと思います。

 

 

私のしたいことの原石としてみつけたのは、

映画が好きということ。
そして、自分で美しいと感じたものをそのまま捉えて表現することでした。

当たり前にしてきたことだけど気づいてませんでした。

 

だから、自分が見る世界というのをそのまま信頼していいし、

何も気にせずに表現していい、

それこそが自分の豊かさや価値を認めることであるし、

そのまま世の中の豊かさにつながるとまで感じられました。

 

何の立派な理由も計画もないけど、ただ矛盾なく自分でいられる状態が見えました。

理由もなく自分が居ても良いと気づけるなんて、初めてのことで信じられないし怖いです。

まだ完全にそれに委ねきれてないんですが、こうやってブログを書くことを再開することができて、ちょっとずつだけれど変わってこれてるのを感じてます。

ダメダメな自分を楽しむ力

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実はブログを書こうとしても書けずにいて、もうこうなったら書けないってことを思い切ってシェアしちゃえ!と、これ書いてます。

 

本当は書きたいことあるんだけど、その内容はどこか自分にとって覚悟が必要なことみたいで、

ずっと文とか絵とか描いてみてるんですけど、不思議とアップするに至れずです。

普段はこのくらいやったらできあがってるんですけどね。

 

私だけに限らず、上手くいかないとき、期待通りに進まないときって、

自分のことが嫌いになりそうになっちゃいません?
チームでやってるときは、誰かのせいにしてイラついたり。
あ゛ぁ~~~~!!って叫びたくなる笑

 

そんなふうに自分や周りを拒絶しても、
自分の気分はどんどん落ちちゃうし、そのうちに何かひらめくわけでも、作業が進むわけでもない。

でも、私って何の取り柄もないんだ…ってメソメソしてる時間もそろそろムダだって気づいて、内心では飽きてきたり。

これも私のパターンであるのは自覚しているんです。

今まで何度これで、良い波から落ちてきたことか。

 

それで、弱音を認めちゃうってことを書こうかと思ったら、

これって今の自分を認めてないことだよね?
ゴールに焦りすぎて今を無視してるよね?

ってことに気づきました。

 

つまり自分の味方になれていないってこと。


Surrenderするか〜。

そう思うだけで、気が楽になって何かが流れ始めて余裕が生まれてきていました。

 

Surrenderするってことは、
負けたり諦めたりって逃げるような意味に思われますが、
現状を理解して受け入れて、自分を認めて抱きしめるってことになるんですね。

拒絶も止められるから、ゆだねられるし、流れていける。

まずはそこから始めないと、何も受け入れることできないですよね。
でも受け入れはじめたら、どんどん道が開いていくんですよ。

 

完璧な状況じゃないと幸せになれないとか、自分の良い部分だけを見て進んで行きたいなんて、
実は偏見のまま自分勝手になってるときなんですよね。

好転していくことを望むなら、現状と自分自身を認めていしかないって、また学びました。

 

自分がヨワヨワで悔しいくらいダメダメってとこもOKにしていくのが、本当に自分の全部を受け入れて進んでいく力なのかなと思います。

 

私も一歩一歩やっていこう。

私がスピリチュアル と 自分らしさから生きていくこと を分けたくない理由

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自分らしく生きることは、今までのブログでも書いてきた通り、制限を越えたり、受け入れて進んでいくことが必要になります。


でもそれは自分を取り巻く条件を変えたらいいわけではなく、むしろ条件にとらわれることなく、自分の中のエネルギー(意識というか捉え方や視点)を変えることがコツです。
むしろそれしか必要ではないくらいですが。

そして自分らしさから生きるために選択をしていくときも、条件ではなくエネルギーを選んでいくことが、自分から創り出していく人生にしていくことをスムーズにします。

 

でも、エネルギーを選ぶって、言葉ですぐに分かるものじゃないですよね?あ~アレね!とはならない。

なので、それをつなげることができる手段の一つとして、スピリチュアルは利用できると感じています。
もちろん世の中にはいろいろあると思いますが、

ここでは、自分らしさを自分で選んで生きていくことをアシストする在り方を指しています。

 

もちろん不思議だし、仕組みが分からないうちは疑いたくなったり怖くなったり、逆に頼りたくなったりするかもしれませんが、

スピリチュアルは単なるツールの一つなんです。

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エネルギーの選択を先にしていけば、自分を取り囲む環境や条件は自然と変わっていくし、自分が習慣的に選んできた条件も変えやすくなるのですが、

必要なのは、ただそのエネルギーとのコネクションをサポートしてくれることだけだったりするんですよね。 

 

エネルギーを先取りして、問題が発生する前に自分の中で感じた違和感を利用すれば、自分のバネにすることもできるし、より自分らしい選択をすることにも活かすことができます。
そして特にチャネリングは、選択肢はそれ以外にもあるかもしれないということに気づかせてくれるものでもあります。
もちろん、ツールの一つなので、直接解決させたり終わらせるものではありません。

でも自分が限定されていた世界から視点を移せたら、条件にこだらわなくなるのでほとんどのことが問題と感じなくなるので、チャネリングなどを活用することで、たくさんの可能性が見えてきます。

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条件だけを変えようとして同じところをグルグル回っている気がしているときは、

一度、自分がどんなエネルギーを選んでいるかを感じ直してみてください。
そして全ての条件をオフにして、自分らしく生きることはどんなことを選べばいいかを感じ直してみると、

そのグルグルから少しだけ違った景色が見えて、ピンとくるかもしれません。

 

もちろんこれは何度かくり返していくことで、だんだん自由になっていけることなので、自分一人で順調にしていくことは難しい場合もあります。

そこにスピリチュアルという知性で、自分らしさを引き出してみることもできます。

 

誰もが望んでいるのは、自分らしいエネルギーを選んで生きることだと思うので、

エネルギーを先取りする方法の一つとして、スピリチュアルなツールも私にはアリなんです。

 

自分らしさを引き出すためのチャネリング・セッションを、ただいま準備中です。

条件を求めれば願いは叶うのか

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世間では、条件を追い求めることが良いとされているように感じます。

自分が引き当てた条件次第で、望ましい未来が叶うと信じて、そのチャンスがめぐってくるのを逃すまいと生きていきます。

それは、何かのステータス、評価、賛成票の数、誰かからの愛、必要とされている証、男性・女性としての質などかもしれません。

もしかしたら、クローゼットや食器棚の中の充実とか、スケジュール帳が埋まっていることとか、知識や業績や昇進かもしれませんね。

 

それを見ると憧れたり、手に入れたくて焦ったりしてしまいますよね。

または、比較して自分を否定したり、何かを捨てるか大切にしなくてはと自分を責めたり。

もしくは、求めても手に入らないことに疲れたり怖くなって、望まなくなってしまうかもしれませんね。

 

でもそれは単に条件なんです。

 

条件にとらわれていると、


選び直したくて環境や条件を変えてみても、イマイチ変わり映えがせず、同じような結果になってしまったり、

問題をどうにかしたくて、状況や捉え方を変えようとしても、やっぱり同じような問題にぶつかったり、

せっかく考え抜いて選び抜いた好条件だったけれど、次に発展していくような流れがなく終わってしまったりしてしまいます。

 

では条件を求めることに価値はないのでしょうか?

 

どうしてもこだわってしまう条件は、自分が望む人生を形にしたいという想いからなので、自分の価値観が触れているという側面があります。

ですが、条件が人生を左右するわけでも、導くわけでも、形作っているわけでもありません。

 

自分の人生を形作っているのは、エネルギーの選択(意志)です。

なので、まずは条件に気をとられないことがコツになります。

エネルギーというのは、価値観とか、物事の捉え方とも言えるし、自分の判断とも言えるし、
私は、「1日をどんな気分で過ごしたいか」というようなものと似ていると思っています。

 

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私は、人が求めているのは、自分らしい生き方をして繋がりの中で満たされていることではないかと思っています。
なのでセッションでは、自分が情熱をもって純粋に喜べることを見つけるお手伝いをします。

 

そのために変えるのは、エネルギーの選択です。

 

条件のこだわりから自由になると、本当に自分が喜べるエネルギーを吟味しやすくなります。
そこから選択したら、きっと上手くいきます。
選んで行動してみると、自分の周りの条件が目に見えて変わってくるので、苦労して条件を変えようとしなくても、エネルギーの選択を切り替えると、自動的に条件もついてきます。

 

自分が条件だけを求めてしまっていると気づくのは、現実が自分の望み通りの結果になっていない時であることがほとんどだと思います。 


けれど、そこに良くすることができるというヒントがあるので、そのサインを見落としたり先送りにしたりせず、リラックスしてエネルギーに目を向けてみれば、

願いは叶います。

パスト・ライフを見たら、人も自分も愛せるようになってたPart 2

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講座で家族のパスト・ライフを見て気分が一気に軽くなって、一週間実家に帰りました。


すぐに気づいたのは、家族に素直になる自分になっていたことでした。

別にそこまで反抗していたわけではないのですが、それぞれのストレスから自分の身を守るように接していたので、家族個人の状態にあまり関心を持たないようにしていたんです。
皆さんもこういうところあるかと思います。

 

話すのが楽しくて、これまでよりもたくさん話しました。ちゃんとハートを開いて思いやりから接して、一方通行じゃないコミュニケーションをしていたんです。

家族の会話というのは、小さい頃からの接し方とか、自分の役割からしてしまうことがありますよね。

でもそこから出るような、思いやりのやり取り。そして、ハートを開いてコミュニケーションができると、不思議なことに、それにもちゃんと返してくれるんですね。f:id:engelina:20170525204551j:imageすると、家族にも変化が起きはじめました。

 

ひとつは、祖母が自分を大切にする行動がとれたことです。ずっと家族からちゃんと足の治療をしに病院に行ったほうがいいと言われていたのに、聞き入れずすっと痛がってたんですね。
こんなにめんくさがりで、自分を大切にすることに関心がなかった祖母が、次の日、自分から新しい病院に行ってきました💗

 

もうひとつは、母が自分がやりたいことを家族にそのまま話せたことです。自分の意思なんて二の次で、やりたいことはひっそりとしてきた母ですが、思い切って宣言したら、その分の家事や面倒は、家族がスムーズに代わりをやってくれました💗

 

そして私にも変化がありました。

疎遠になっていた姉の選択を、悪いと思わなくなりました。 そしてプレゼントをあげようと思い立ちました。私がこんなにすぐ素直になれたなんて、とてもおどろいています💗

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そして自分でも、パスト・ライフのチャネリングをしてみました。

自分の中に漠然とした”社会が怖い”という不安があったので、それに影響しているものを見てみました。それで見えたのは、自分のものではない家族のものだと思います。

そこには失敗の悲しみ(成功への絶望)がありました。
内容の詳細は載せませんが、本人の経験した視点、客観的な視点の両方で見たので、なんとも納得しました。


その瞬間、私も同じようにこの失敗の悲しみを選んで生きる必要はないんだなと”選びなおす”視点に立てました。

 

 

夢を大きくもって喜んでもいいんだと気づいて、一気にすごく爽やかな気分になりました。

 

そのとき窓の外を見たら、こんな素敵な彩雲をが見えたんです。なんだか祝福された気持ちになりました。

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生まれて初めて見た~。見えるかな?

 

不思議と物事がうまく進み、慣れてないので少し混乱してはいるんですが、何よりうれしいのは、自分の生き方を選べるんだと実感できたことと、自分が喜べる人生を選ぶことに迷わなくなったことです。

 

そうしたら、自分のことを愛したくなりました。自分そのものをもっと信頼したくなったし、条件とか何か別のものを目指す視点ではなくて、自分そのものを大切にする視点にも気づいてきました。

 

 

 

きっと私が新しく選択したのは、自分を愛して喜んで生きる人生なんだろうと思います。

 

 

いま正直に、こうなれて嬉しいです。

パスト・ライフを見たら、人も自分も愛せるようになってたPart 1

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10日前、私はパスト・ライフ(過去世)チャネリングの講座を受けました。
突然こんな話からはじめますけど、あえて説明はしません笑。

 

私の友達にこんなことを話しても、やっぱり奇妙がられるし、「過去世を気にしているなんて現実から逃げたいだけだろ」みたいなことも言われるし、自分でもはっきりと分かってはいなかったと思います。

 

なぜそもそもパスト・ライフまで見る必要が出てくるか、

 

今を調和させられる、

自分の生き方(周波数)を選べる

 

という、大きく言うとこの2点のためです。

これを深く実感した講座になりました。

 

私も、今や未来を良くしたくてパスト・ライフのセッションを何度か受けてきました。そのいくつかは、恐怖心が大きかったものだったので良いイメージがなくて、パスト・ライフ=怖い と感じていました。

(知ったら不安が湧き出して飲み込まれて溺れてしまうんじゃないかキャーーー!!みたいな笑)

 

もちろん、それを受け入れ乗り越えてきたからこそ、恩恵もあったし最終的には怖がらなくてもいいものと経験してきてもいたけれど、私にとっては受け入れがたい内容のものだったので、次にパスト・ライフを見ようとして、とんでもないものが出てきたらどうしようと感じていたんです。

 

この「選べる」という視点で自分を振り返ってみると、何を選んで生きてきたでしょう。そして何を選んで生きたいでしょう。

 

私は、これまでずいぶんと”不満”に合わせて生きてきたんだなと気づきました。そして同時に、”幸せ”に合わせたらどうなるんだろう…とはじめて考えました。本当に選択し直せる地点に立てたのが初めてなので、選ぶことも初めてだったんですね。

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チャネリングって一般的には「何でも知れる」って認識だと思います。
でも実際にやってみるとわかるのですが、その人や人生に本当の意味で興味を持っていないとなかなかできないし、敬意をもっていないと、情報を受け取ることも解釈することもできません。


でも集中力と誠意をもって見つめることには、もう尊重しかないので受け入れられるし、自分の思い込みの起源を見つめた場合は手放せてしまいます。そして他人の場合は、ありのままに見ることができるようになります。

 

講座では、ちゃんとガイドしてくれる方💓がいるので、私の興味や関心ポイントにカスタマイズしてくださっていて、この講座だけで自分が変わる深い実感を得られたのですが、驚いたことは、実際に見てみたのが私の家族のパスト・ライフだったことです。
なぜ、自分のものではなく家族のパスト・ライフを見たかというと、私がそれぞれから影響を受けて制限としていた起源がそこにあったからでした。(自分にも似たようなパスト・ライフがあって共鳴しやすくなってもいた)

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パスト・ライフにつながる状態まで集中して、静かに見ていきます。

すると、それぞれがその経験から作り出して抱えた思い込みも見えて、同時に、私の中にも同じような感覚があったのを感じました。

 

これが影響を受けていた部分で「私はこれに反発するように生きてきていたし、これに対する不満から生きてきた」のだなと瞬時に分かりました。これはちょっと泣いてしまいました。

 

そして分かると、私はこれに悩まなくてもいいと分かって、気持ちが軽くなって、家族をより受け入れる視点になれたのを感じました。

 

  『本当にこれだけだった!』

 

パスト・ライフを見ただけなのに、制限が外れていきました。頑張ってSurrenderしなくても手放せることもあります。

 

それから自分のことも受け入れる感覚に変わったので、私の中でパスト・ライフというのは、もう怖いものではなくなりました。むしろ、豊かになれる学び。

 

次の記事Part2では、素直になれてから起きた私の変化と、家族の変化をアップします。

美女と野獣からみる、過去を乗り越え、自分自身を愛する方法

 今日も映画ネタから書いてみたいと思います。

 

美女と野獣、これはディズニー映画の中でも私がくり返し観ている作品の一つです。

もう見すぎていて、分析しきってしまいました笑。
今公開している、実写版の美女と野獣も観たので、それも交えて書きます。

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ここでまず言えることは、ベルも野獣も同じテーマの問題を抱えています。

 

共通しているのは、


・見た目で判断する世界に囚われていること
・人に心を開けず孤独だったこと
・周りの世界やその中にいる自分というものに関心がなかったこと

 

*ここのポイントは、問題は過去でできたものであって本来のものではないこと
*周りからどう見えるかで判断せず、自身がどんな事実の中にいるかを見ます


野獣はわがままな王子で、魔女に呪いをかけられてしまいます。ベルは村人たちから、美人であることや文学を学ぶという見かけから噂をされたり、ガストンという男性からしつこくつけ回されています。

これは、見た目で評価をする世界の中にいますよね。評価をするか/されるかは、良いか悪いかという判断ではなく、幻想の世界にいるという共通の事実があります。

 

そして、野獣の姿にされてから城に閉じこもって人を寄せ付けない王子と、村人からの偏見で誰とも交流する気がなくなったベルは、どちらも孤独でした。

 

そして、野獣になるまで王子は自分のことしか考えでいませんでした。そしてベルも、自分が没頭できる世界しか考えておらず、周りのことや、その中で暮らしている自分のあり方には関心を持っていなかった。

 

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私はここに、呪いが解けて二人が心から分かり合うまでに、互いの中で変わった唯一のポイントがあると思います。

 

それは、『意志を持つこと』です。

 

見た目で評価する世界に生きないと決めた。

人に心を開いて繋がりをもつことに努めた。

周りの世界や他人に関心をもつことを始めた。

 

おそらくそれまでは、これらを意識することもなく、周りからの影響や過去のパターンをくり返して生きてきたのでしょう。けれど、どちらも呪いに囚われたり、城の中に囚われて、考えはじめたのです。
実写版では、ベルがこの意志が無かったことに気づいていました。


ただ夢を見ていても、好きなことだけをやっていても、周りと遮断されてしまったら、それは孤独ですよね。そして周りに関心がないままだったら、誤解されたままになってしまいますよね。

バラの呪いの期限が迫る中、お互いに心を開いてそれぞれの思い込みを解きながら、人に関心をもって好意をもっていきます。
お互いのコンプレックスを受け入れてあげることで、自分自身でもそれを受け入れる勇気を持ちはじめて、自分のことも受け入れていきます。
これは自分でもできることですが、ベルと野獣は助け合ってますよね野獣は自分の醜さに悩まなくなったり、ベルは読書をする喜びを得られたり
そして最後は、相手と、自分自身を愛していきます。

 

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けれどそれで終わり…ではありません。過去の幻想との対決がやってきます。ガストン率いる村人の襲撃。

 

私は、野獣にとってガストンは、過去の野獣自身のイメージだと思うのです。対決しながら、殺して排除してしまおうとするシーンがありますが、野獣はそれをやめて、ただ許して手放すことにしますよね。過去の自分を許して手放したということだと思います。自分の否定したい部分は、ただ排除しようとして終わらせることができません。

 

そして愛を疑っていたベルも、息絶えていく野獣に心を開いて愛を告白することができる。それが二人の呪縛を解くことになります。

 

やっと、人のことも自分のことも愛することができた。それは過去を乗り越えて、本物になります。そして、美女と野獣で呪いが解けたように、自分を愛するようになると本当に世界は変わって見えます。

 

自分の可能性を知って、自分を愛せるようになりたくはありませんか?お手伝いします。

チャネリング・セッション準備中です


今日は、美女と野獣のお話でした。