SURRENDER

~幻想から本当の自分に持ちかえて形にする~

風が好き

風が強くて、空がところどころ ステキなことになってる

 

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風が吹くと、留まってたものが一気に流れて動きだす

 

そうすると古いものも新しいものも、今ここにある物が一緒に回って駆け抜けてくから、

 

有無を言わずに、一緒に吹かれたほうが心地いい

 

あとで残るものは、その時に任せて、なるようになるのを受け入れるだけ

 

そういう気分。

 

 

 

この空は、海の水面が海底に反射して作る網目の模様みたい

 

でも風は強いからどんどん変わってく

 

網目が多くなっていって、端は流れ始めて、

大きな翼の表面みたいになってる

 

でも網目は崩れたり消えちゃうかもしれない

 

変化に委ねるのを忘れちゃったり、怖くなったりするかもしれない

今の私みたいに…

 

けど今を受け入れなければ次はやって来ないから、

今を最大限に吸い込んで、流れるままに任せる

 

ぜんぜん無責任じゃないと思う

 

今をやり切ったら、次は絶対にやってくる

 

誰にでも。

 

 

私の中の雲はどこまで解けて、どこまで流れて、どこまで消えるんだろう…

それが不安だったけど、

何が残るんだろうってことを風に任せて、

今は一緒に吹かれてる。

 

それに慣れ始めたところ。

 

花火

今年 私が見る 一番最後の 花火

 

綺麗なものを ただそのまま 撮る

#fireworks #favorite #beautiful #ブログ

 

今日は文章じゃなくて、動画を。

私は花火が好きです。みんなで見ても1人でも関係なく。

次々とあがる花火に見惚れるのが好き。

でも年中見られるわけじゃないし、好きな色とか重なり方だと思っても一瞬で変わっちゃう。

だからこそ見惚れるほど集中して見るんだと思います。

見逃したくない、綺麗に上がってほしい、終わってほしくない。

なんかそう思って見てしまいます。

偶然見かけたらサプライズで嬉しくて、ちゃんと見届けると幸せになるもの。

 

地元のひそやかな花火のクライマックスをどうぞ✨

AESTHETIC 本質は一番の豊かさ

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フランス人の友達からメッセージが届いたお話です。

 

自分の本質ってどういう性質のものか、または何をしているときに一番発揮されて輝くか自覚していますか?


自分の本質が、自分自身にとって一番豊かなんです。


何をやっていれば正解とか、他よりも得をしているとか、成功者になれるとか、一生の幸せが約束されるというものではなく、
(実際そういうものは自身の豊かさを上回るほどの豊かさをもたらしてはくれませんし、次の豊かさを作り出してはいけません。)

人とのつながりの間で発揮できる自分らしいことのことです。一番得意で、自分でもそれが好きだし、人の助けになったり喜んでもらえることのことです。

 

私は自分の豊かさを見つけている最中なので、前回の記事に書いたことも、私が発見した自分の本質と豊かさについてでした。


自分が豊かになる許可が進んでいくと、人から受け入れてもらえる自分というのも許可できてきました。
関わり方に制限がなく、自由にやり取りができるような感じです。

 

それらが実際にどう変化したのがを確認できる出来事がありました。

Instagramに、何気ない休日の午後のお茶をストーリーにアップしました。久々に天気も良くて気持ちよくて、お気に入りのティーセットとケーキを並べて1人でリラックスしてたんですね。キレイな光と穏やかな時間でした。それを捉えてそのままアップしたんです。すると、しばらくしてダイレクトメッセージがきます。

それは7年前に知り合ったフランス人の友達でした。彼女はしょっちゅう私の投稿をチェックしてくれています。

 


”I love the aesthetic of this!”   この美的感覚スキ!

 


これがまさにフランス人っぽいなと思ったのですが、”美的感覚”こういうことを率直に伝えてくれる人はいませんでしたし、私も伝えたりはしませんでした。

本当に何気ない日常の光景にここまで共感してくれるなんて、嬉しいですよね。
さすがパリジェンヌ✨

 

それで会話が始まりました。
あまりに久しぶりなので、今はどこに住んでるの?とか何してるの?といったことも話しましたが、彼女は、

どういう休日の過ごし方がスキ?とかそんなことまで普通に聞いて、それ私もスキ!なんて自然に話していることがすごく心地よくて、それも当たり前に話せていることに自分でもおどろいてました。
私、こんな軽やかに話せたっけ?


英語でということもあって、自分が伝えたいことをニュアンスを英語に変換したということもあったのですが、相手がフランス人なのでフランス式でルールが分からなくなったのもあり、そのまま感じるままに話せました。とってもナチュラルで良い時間。

いつもより特別な日常になった気がしました。


ここに、自分の本質から発揮された豊かさがあって、
それに共感してくれた人がいて、
その人との会話や交流でも豊かに関わることができて、
相手とのこの時間が豊かになって自分の元に返ってくる
というサイクルを体験・確認できたんです。


おかげで、このガッツリ日本式の家でお茶をしている私も、話している間はパリのアパルトマンの窓辺でティータイムをしている気分になれました。いつか本当にできたらいいですね。
本当にこれ夢なんですよー!


なのでちょっとしたことでも思い切って動いてみると、本当に豊かさってやってくるんですよ。

 

あなたの豊かさは、どうやって発揮してみますか?

GOOD WILL HUNTING

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久しぶりにブログ書きます。
PCは薄っすらホコリかぶってました。アハハ…

 

この間に、心境の変化、自分自身の変容とあったんですが、まずそれは置いといて、
何を書いたらいいのかということに極度に気をとられていた制限が外れたので、これが書けるようになったという、簡単に言えばそういうことがありました。


必要とされていることを書かなければならない、有益なことを書かないといけない、それは間違いであってはいけない、自己満足であってはいけない…

 

書かなくても誰も困りなんかしないんですけどね^^

それでも私の葛藤は続きます笑

 

けれど、自分が何を誰にどう伝えたいのかということは曖昧でした。
むしろ曖昧であってはいけないと、自分の筆をさらに重くしてました。

手帳に中途半端に終わる文章…
それがだんだんと短くなってページだけめくっていく始末…
将来に焦りながら自分を責める気持ちから手帳も手に取らなくなってく…


それがここ1ヶ月近く、悩んだり緊張を緩めたりをくりかえしながら、ブログやさまざまなことから離れて、そもそもの自分がやりたかったことを明確にするために耳を澄ましてすごしていました。
たまにはこういうことも良いですよね?

 

そうしたら、自分が勘違いしていたこと、勘違いさせられていたこと、ボロボロ外れていきました。


そして、しなくちゃいけないことじゃなくて、したいことが原石で見えてきました。


そうすると、これまでは、そのままの自分の望みを認めること、もしかして見つめることすら自分に許したことはなかったんじゃないかというほどに感じました。

自分の好きなことを、初めて知ったかのような感覚がしたからです。

 
この思い込みは人によってさまざまだと思いますが、

私の場合、それを見つめることは、

奪われたり傷つけられたりする脅威を感じることだと思ってました。
自分の得意を肩書きとして持つことは、自由ではなく拘束されて監視される人生になることだとも思っていました。

成功することに対する恐れもありました。

成功するということは、今までの生活が変わるということ=あるべきだった平和で穏やかな幸せには二度と戻れないということだとも。

(これは掘って掘って究極に思い込んでいたところの声で、普段からこう感じているわけではありません。)

 

自分のことを知られたくない、自分のことなんて聞きたい人なんていない、話したくないとも思っていました。これではブログが書けるはずありませんよね。

 

 

もちろん思い込みだとは分かっていました。でも、それを外すことができないまま、その思い込みに反発するような生き方、または思い込みの通り土壺にはまったそのままでしか生きられなかったんです。


自分の性質や特徴、本質の自分らしさや価値の全てを、直さなければならない厄介事と感じていて、排除したかったんですね。

 

でもそんなことしたら、自分らしさどころか価値ある部分を失ってしまうことになる。

 

何をやってみても、やっぱりイヤ!って感じちゃうなら、なぜ嫌っちゃうかの理由を見るしかないですよね。自分のことではなくて本当はこれがイヤなんですから。

 

でもイヤですから見れないです、進まないし、いつまでも自分を認められないです。
前回のブログから更新が止まってしまっていたのは、ここを行ったり来たりしていたからでした。

 

そこで思い込みを外していきます。それができなきゃ自分を好きになれないです。

(実際にどういう変化があったかは後日に。)

イヤで見つめることもできないし、好きなことを自由に発揮して生きることを認めることもできないです。

思い込みを抱えたまま頑張っていても、良い結果を手にすることができなかったり、望んでるものとは違うものが来てしまったり、私みたいに形にすることができません。

だってイヤなんだもん!が影響してしまうんですね。

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そうして思い込みがだんだん外れてきたら、自分がしたいことの原石が見やすくなってきます。

だんだんなんですけど、それでも自分で感じられるくらいの明らかな変化を積んでいく感じでした。

 

それは当然、自分にとっては前から当たり前に好きなことだったり関心があったり得意なことだったりします。だからむしろ気づけないってこともあるくらいに当たり前なんですね。自分のことを好きになれないとなると、これに価値があるだなんて思えず見過ごしちゃいます。

 

私の場合、これは、ものすごい納得具合で、

バチ~ン!と、これだ!とハートに入ってきました。

 

立派とか個性的とかそんなんじゃないんです。ただ矛盾がなくて、すべての癖とか習慣とかが線で繋がる自分の原石が、コロンと目の前に転がってきた感じでした。

あ、私はこれが好きなのね。と。

実は、純粋にこれだけに生きてきたんだなと納得しました。


振り返ると、思い込みの巨大迷路の中からそれを発揮するのは、かなりムリがありました。

ふつうにムリですw

 

 

その思い込みが外れてできるようになったこと。
このブログの場合は、「何も考えずにそのまま書こう」でした。

 

有益じゃなくちゃいけなくて、曖昧ではいけなくて、自分を知られたくなくて話したくなかったのに、

何も考えずに書こう。になっていました。

そしてこの体験を書くことは私にとってSurrenderです。

 

 

昨日、久しぶりに映画「グッド・ウィル・ハンティング」を観ました。

主人公のウィルは、正直に自分の内を見せることを避けて、生意気で周りに噛み付いたり、逃げ回ったり怯えたり、傷つくのを避けて人を遠ざけたり見下したりしています。

後に自分の才能や本心に心開いて、自分の選択に生きはじめますが、なぜ心を閉ざすしかできないかという『思い込み』に触れて、それを崩せたから、彼は心を開けて自分の選択ができたのだと思います。

ウィルは、小さい頃の経験から心を閉ざしていましたが、心開けないことに悩んですらいませんでした。

でもその奥では、自分を責めていたり嫌っていた。それが『思い込み』です。

数学の天才でしたが、それに価値を認められません。けれど教授との信頼関係から、自分を責めて嫌っていた思い込みを解放することができます。
マット・デイモンの ”I'm sorry” のセリフに全てが含まれていて泣けますTT

そして友人に背中を押されて、自分の本当に望んでいることに踏み出す勇気を出し、車を走らせる…というラストです🚗

これを観てから、私はマット・デイモンベン・アフレックに憧れてます。彼らは学生時代の脚本から自作自演でオスカー受賞してるんですよ♡

 

これを見ていて、ちょっと自分に似ているなと感じました。

自分のこと話したくないし、本当に何がしたいのか宣言できないし、勇気出して踏み出せていないし、自分のことイヤだし…

でも今は、自分の中でも思い込みが崩れてきていたし、本当にしたいことが湧いてきている段階で、思い込みが外れた向こう側というものに共感して観れた気がしました。

 

これまでグッド・ウィル・ハンティングを観てきて初めての、リアルな共感。

ちょっと怖いけど、踏み出せそうという感覚。

 


時間かかるかもしれないけれど、この思い込みを外すための挑戦には、誰でも胸を張っても良いと思います。

もちろん、自分の好きなことを発揮させる道を模索しながら成功していないと、周りからは非難されたりするかもしれません。私も実際にそうでした。

でも、この思い込みを外さないと自分の原石も見つけられないし認められないし、何も始めることすらできなかったから、この挑戦には早いも遅いもないことだと思います。

 

 

私のしたいことの原石としてみつけたのは、

映画が好きということ。
そして、自分で美しいと感じたものをそのまま捉えて表現することでした。

当たり前にしてきたことだけど気づいてませんでした。

 

だから、自分が見る世界というのをそのまま信頼していいし、

何も気にせずに表現していい、

それこそが自分の豊かさや価値を認めることであるし、

そのまま世の中の豊かさにつながるとまで感じられました。

 

何の立派な理由も計画もないけど、ただ矛盾なく自分でいられる状態が見えました。

理由もなく自分が居ても良いと気づけるなんて、初めてのことで信じられないし怖いです。

まだ完全にそれに委ねきれてないんですが、こうやってブログを書くことを再開することができて、ちょっとずつだけれど変わってこれてるのを感じてます。

ダメダメな自分を楽しむ力

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実はブログを書こうとしても書けずにいて、もうこうなったら書けないってことを思い切ってシェアしちゃえ!と、これ書いてます。

 

本当は書きたいことあるんだけど、その内容はどこか自分にとって覚悟が必要なことみたいで、

ずっと文とか絵とか描いてみてるんですけど、不思議とアップするに至れずです。

普段はこのくらいやったらできあがってるんですけどね。

 

私だけに限らず、上手くいかないとき、期待通りに進まないときって、

自分のことが嫌いになりそうになっちゃいません?
チームでやってるときは、誰かのせいにしてイラついたり。
あ゛ぁ~~~~!!って叫びたくなる笑

 

そんなふうに自分や周りを拒絶しても、
自分の気分はどんどん落ちちゃうし、そのうちに何かひらめくわけでも、作業が進むわけでもない。

でも、私って何の取り柄もないんだ…ってメソメソしてる時間もそろそろムダだって気づいて、内心では飽きてきたり。

これも私のパターンであるのは自覚しているんです。

今まで何度これで、良い波から落ちてきたことか。

 

それで、弱音を認めちゃうってことを書こうかと思ったら、

これって今の自分を認めてないことだよね?
ゴールに焦りすぎて今を無視してるよね?

ってことに気づきました。

 

つまり自分の味方になれていないってこと。


Surrenderするか〜。

そう思うだけで、気が楽になって何かが流れ始めて余裕が生まれてきていました。

 

Surrenderするってことは、
負けたり諦めたりって逃げるような意味に思われますが、
現状を理解して受け入れて、自分を認めて抱きしめるってことになるんですね。

拒絶も止められるから、ゆだねられるし、流れていける。

まずはそこから始めないと、何も受け入れることできないですよね。
でも受け入れはじめたら、どんどん道が開いていくんですよ。

 

完璧な状況じゃないと幸せになれないとか、自分の良い部分だけを見て進んで行きたいなんて、
実は偏見のまま自分勝手になってるときなんですよね。

好転していくことを望むなら、現状と自分自身を認めていしかないって、また学びました。

 

自分がヨワヨワで悔しいくらいダメダメってとこもOKにしていくのが、本当に自分の全部を受け入れて進んでいく力なのかなと思います。

 

私も一歩一歩やっていこう。

私がスピリチュアル と 自分らしさから生きていくこと を分けたくない理由

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自分らしく生きることは、今までのブログでも書いてきた通り、制限を越えたり、受け入れて進んでいくことが必要になります。


でもそれは自分を取り巻く条件を変えたらいいわけではなく、むしろ条件にとらわれることなく、自分の中のエネルギー(意識というか捉え方や視点)を変えることがコツです。
むしろそれしか必要ではないくらいですが。

そして自分らしさから生きるために選択をしていくときも、条件ではなくエネルギーを選んでいくことが、自分から創り出していく人生にしていくことをスムーズにします。

 

でも、エネルギーを選ぶって、言葉ですぐに分かるものじゃないですよね?あ~アレね!とはならない。

なので、それをつなげることができる手段の一つとして、スピリチュアルは利用できると感じています。
もちろん世の中にはいろいろあると思いますが、

ここでは、自分らしさを自分で選んで生きていくことをアシストする在り方を指しています。

 

もちろん不思議だし、仕組みが分からないうちは疑いたくなったり怖くなったり、逆に頼りたくなったりするかもしれませんが、

スピリチュアルは単なるツールの一つなんです。

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エネルギーの選択を先にしていけば、自分を取り囲む環境や条件は自然と変わっていくし、自分が習慣的に選んできた条件も変えやすくなるのですが、

必要なのは、ただそのエネルギーとのコネクションをサポートしてくれることだけだったりするんですよね。 

 

エネルギーを先取りして、問題が発生する前に自分の中で感じた違和感を利用すれば、自分のバネにすることもできるし、より自分らしい選択をすることにも活かすことができます。
そして特にチャネリングは、選択肢はそれ以外にもあるかもしれないということに気づかせてくれるものでもあります。
もちろん、ツールの一つなので、直接解決させたり終わらせるものではありません。

でも自分が限定されていた世界から視点を移せたら、条件にこだらわなくなるのでほとんどのことが問題と感じなくなるので、チャネリングなどを活用することで、たくさんの可能性が見えてきます。

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条件だけを変えようとして同じところをグルグル回っている気がしているときは、

一度、自分がどんなエネルギーを選んでいるかを感じ直してみてください。
そして全ての条件をオフにして、自分らしく生きることはどんなことを選べばいいかを感じ直してみると、

そのグルグルから少しだけ違った景色が見えて、ピンとくるかもしれません。

 

もちろんこれは何度かくり返していくことで、だんだん自由になっていけることなので、自分一人で順調にしていくことは難しい場合もあります。

そこにスピリチュアルという知性で、自分らしさを引き出してみることもできます。

 

誰もが望んでいるのは、自分らしいエネルギーを選んで生きることだと思うので、

エネルギーを先取りする方法の一つとして、スピリチュアルなツールも私にはアリなんです。

 

自分らしさを引き出すためのチャネリング・セッションを、ただいま準備中です。

条件を求めれば願いは叶うのか

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世間では、条件を追い求めることが良いとされているように感じます。

自分が引き当てた条件次第で、望ましい未来が叶うと信じて、そのチャンスがめぐってくるのを逃すまいと生きていきます。

それは、何かのステータス、評価、賛成票の数、誰かからの愛、必要とされている証、男性・女性としての質などかもしれません。

もしかしたら、クローゼットや食器棚の中の充実とか、スケジュール帳が埋まっていることとか、知識や業績や昇進かもしれませんね。

 

それを見ると憧れたり、手に入れたくて焦ったりしてしまいますよね。

または、比較して自分を否定したり、何かを捨てるか大切にしなくてはと自分を責めたり。

もしくは、求めても手に入らないことに疲れたり怖くなって、望まなくなってしまうかもしれませんね。

 

でもそれは単に条件なんです。

 

条件にとらわれていると、


選び直したくて環境や条件を変えてみても、イマイチ変わり映えがせず、同じような結果になってしまったり、

問題をどうにかしたくて、状況や捉え方を変えようとしても、やっぱり同じような問題にぶつかったり、

せっかく考え抜いて選び抜いた好条件だったけれど、次に発展していくような流れがなく終わってしまったりしてしまいます。

 

では条件を求めることに価値はないのでしょうか?

 

どうしてもこだわってしまう条件は、自分が望む人生を形にしたいという想いからなので、自分の価値観が触れているという側面があります。

ですが、条件が人生を左右するわけでも、導くわけでも、形作っているわけでもありません。

 

自分の人生を形作っているのは、エネルギーの選択(意志)です。

なので、まずは条件に気をとられないことがコツになります。

エネルギーというのは、価値観とか、物事の捉え方とも言えるし、自分の判断とも言えるし、
私は、「1日をどんな気分で過ごしたいか」というようなものと似ていると思っています。

 

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私は、人が求めているのは、自分らしい生き方をして繋がりの中で満たされていることではないかと思っています。
なのでセッションでは、自分が情熱をもって純粋に喜べることを見つけるお手伝いをします。

 

そのために変えるのは、エネルギーの選択です。

 

条件のこだわりから自由になると、本当に自分が喜べるエネルギーを吟味しやすくなります。
そこから選択したら、きっと上手くいきます。
選んで行動してみると、自分の周りの条件が目に見えて変わってくるので、苦労して条件を変えようとしなくても、エネルギーの選択を切り替えると、自動的に条件もついてきます。

 

自分が条件だけを求めてしまっていると気づくのは、現実が自分の望み通りの結果になっていない時であることがほとんどだと思います。 


けれど、そこに良くすることができるというヒントがあるので、そのサインを見落としたり先送りにしたりせず、リラックスしてエネルギーに目を向けてみれば、

願いは叶います。